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藤原雄 陶歴

受賞記録

  • 1958 日本伝統工芸展 入選。
  • 1985 紺綬褒章

展覧会

1955

四月、渡辺憲一郎先生の紹介でみすず書房に入る。九月、父啓の病気看病のため、みすず書房を休職し、郷里、岡山に帰る。父の病気全快後、その助手として備前焼の修行を始める。

1957 十月二十五日、太田寿雄、美寿の次女、紀美子と黒住教本部で結婚。

1958 春、朝日新聞社主催「現代日本陶芸展」、「全関西美術展」に入選(花器)。秋、「日本伝統工芸展」に初入選、受賞候補となり、作品(大徳利)が伝統工芸展のポスターとなる。

1960 一水会展出品、一水会賞受賞、一水会会員に推挙される。初の個展を岡山天満屋、東京三越で開催。

1961 日本工芸会より正会員に認定される。

1962 名古屋松坂屋における「現代陶芸代表作家展」、東京国立近代美術館主催の「現代陶芸展」に招待出品。二回目の個展を、東京三越、岡山天満屋で開催。

1963 スペイン・バルセロナにおける「国際陶芸展」に招待出品、大賞受賞。岡山の池田動物園に噴水およびオブジェを制作。

1964 一月から九月までアメリカ、カナダ、メキシコ、スペインの大学などで備前焼の講座を持つ。特にアメリカ(現代陶芸美術館)カナダ(ポイントクレーヤー)では海外初の個展を開く。またアメリカ・コロンビア大学での第一回国際工芸家会議に日本代表として出席し備前焼の解説をする。東京国立近代美術館で開かれた「現代陶芸展」に招待出品。岡山天満屋で三回目の個展を開く。

1965 アメリカ・ダートマス大学から招かれ、妻紀美子と渡米。備前焼の講座を持ち、ダートマス大学美術館、ニュウーヨーク現代陶芸美術館で個展を開催。帰路、メキシコ、ペルー等を巡る。帰国後、東京三越で帰国展開催。なお同年、ダートマス大学、メトロポリタン美術館、ニューヨーク近代美術館、シカゴ美術館に作品を寄贈。

1966 五島美術館主催の「選抜作家展」に招待され、個展を開く。サンフランシスコ大学夏期大学の講師となる。東京三越で四回目の個展を開く。

1967 昭和四十一年度最優秀作家として日本陶磁協会受賞。同年より毎日新聞社主催「国際芸術見本市展」に招待出品する。秋、岡山天満屋で四回目の個展。

1968 京都国立近代美術館主催「陶芸の新世代展」に招待出品。メキシコにおける「芸術見本市展」、イタリア・トリノにおける「国際陶芸展」に招待出品。東京三越で五回目個展、姫路山陽で第一回個展。

1971 毎日新聞社主催「日本陶芸展」に招待出品。同展の海外派遣展にも出品する。東京高島屋、神戸大丸で「藤原啓・雄父子展」、名古屋丸栄で個展。

1972 四月、岡山天満屋で「百壺展」開催。五月、「ファインツア国際陶芸展」に大壺を招待出品する。

1973 金重陶陽賞受賞。オーストラリア政府及び陶芸協会より招かれ、シドニー工芸学校、シドニー大学などで備前焼の講座を三ヵ月間持つ。

1974 東京・赤坂迎賓館に茶碗買い上げとなる。東京高島屋で「百壺展」開催。玉島中央病院に『集い』、備前市役所に『市民の目』と題するレリーフを制作。

1975 岡山天満屋で「徳利とくり展」、グリーンギャラリーで「鉢30選展」、岐阜近鉄、名古屋丸栄、大阪高島屋、広島天満屋(壺30選)で個展開催。岡山県文化奨励賞受賞。岡山ターミナルホテルに『花のささやき』、玉島病院に『XYZ』と題するレリーフ制作。ヨーロッパにおける「古備前と啓・雄展」打ち合わせのため渡仏。

1976 岡山県美術展、伝統工芸中国展の審査員となる。フランス(パリ、ボルドー、マルセーユ、レンヌ)における「古備前と藤原啓・雄父子展」オープニングパーティーのため四回渡仏。グリーンギャラリーで「酒杯と小壺展」、神戸大丸「50壺展」、姫路山陽「壺展」開催。なお、フランス日本大使館、ボルドー美術館、カンティーヌ美術館、レンヌ美術館、チェネルスチ美術館に作品を寄贈。

1977 ブリュッセル(ベルギー)の王立歴史博物館、ニューシャテル(スイス)の美術館で、「古備前と啓・雄父子展」開催。渡欧。東京高島屋で「百徳展」、グリーンギャラリーで「鉢20選展」、大阪高島屋で「70壺展」、広島天満屋で「花入50選展」、岡山天満屋で個展開催。高野山金剛峯寺花入れ献納。 財団法人備前陶芸会館(昭和六十二年から備前陶芸美術館と改称)常務理事、財団法人藤原啓記念副理事長となる。

1978 旭川荘にレリーフ『生きる』制作。札幌今井、柿伝ギャラリー、静岡西武、沼津西武、名古屋丸栄、福山天満屋で個展。姫路山陽で「父子展」、岡山高島屋で「一門展」開催。

1979 神戸大丸、岡山天満屋で「百花展」、広島天満屋で「水指展」開催。札幌そごうで「啓・雄父子展」、岐阜近鉄で個展開催。

1980 中日国際陶芸展審査員に就任。四月、岡山県から重要無形文化財作家の指定を受ける。岡山県に重要文化財指定を記念して大壺を納める。西大寺商工会議所会館のためにレリーフ『会陽の夜』制作。東京高島屋で「百華展」開催。松本永眞堂、熊本鶴屋で「啓・雄・恭助父子三人展」、大阪高島屋で「花器50選展」、姫路山陽で「大壺50選展」、岡山天満屋で「重要無形文化財指定記念展」、神戸香雪美術館で同館・朝日新聞社主催「藤原啓・雄名品展」開催。

1981 札幌そごう、名古屋丸栄、鳥取大丸、広島天満屋(花器70選展)で個展。東京高島屋で「啓酔会展」、甲府岡島で「啓・雄父子展」開催。備前東高校にレリーフ『いのちの限り』を制作。

1982 厳島神社宝物殿に壺献納。山形大沼で「啓・雄父子展」、神戸大丸で「大壺30選展」、松江一畑、岡山天満屋(百鉢展)三原天満屋、熊本鶴屋で個展、大阪高島屋で「啓酔会展」開催。

1983 広島天満屋で「華器70選展」、大阪高島屋で「花入70選展」、仙台藤崎、東京高島屋(百鉢展)、名古屋丸栄、京都高島屋、鳥取大丸、米子高島屋、姫路山陽(鉢60選展)で個展開催。ニューサウスウェールズ州立美術館(オーストラリア・シドニー)及びカンタベリー美術館(ニュージーランド・クライストチャーチ)に作品寄贈。北京の日本大使館にも作品を納める。京都知恩院に啓・雄・和三代の作品を献納。

1984 一月、山陽新聞賞(文化功労)受賞。伊勢神宮に壺献納。山陽新聞社に文化功労賞受賞記念として壺を納める。横浜高島屋、福山天満屋、下関大丸、新居浜大丸、博多玉屋、沖縄リュウボウで個展。井原市立田中館に作品五点寄贈。

1985 岡山県立文化賞受賞。紺受褒章受賞。広島市へ作品十点寄贈。山陽新聞賞・岡山文化賞受賞記念「藤原雄作陶三十年の歩み展」を山陽新聞社主催により岡山天満屋で開催。札幌そごう、八戸丸栄、長岡大和、神戸大丸、松江一畑、熊本鶴屋で個展。東京有楽町阪急で「中里太郎右衛門・藤原雄二人展」開催。東京高島屋で「啓酔会展」。広島・広越本社ビルにレリーフ『あけぼの』を制作。

1986 岡山日々新聞よりオカニチ芸術文化功労賞を受賞。中国新聞社より中国文化賞受賞。新潟三越、金沢大和、岐阜近鉄、姫路山陽、三原天満屋、松山そごう、鹿児島三越などで個展。北海道立近代美術館に透し紋大壺を寄贈、広島市役所、中国新聞社にも壺などを寄贈。岡山大付属病院に『よろこび、太陽に向かって』、岡山理大に『原、日月に祈る』と題するオブジェ、レリーフを制作。

1987 レリーフ『幼想のオリエント』(東予市・オリエント八勝亭)、『大洋に向かって』(いわき明星大学)、『瀬戸内の四季及び瀬戸の日の出』(日銀岡山支店)を制作。いわき大黒屋、宇都宮上野、川越丸広、長野東急、博多玉屋、沖縄リュウボウで個展。六月、中国文化賞受賞記念「藤原雄の世界展」を中国新聞社主催により広島天満屋で開催。十月二十九日から十一月二十四日まで東京高島屋、大阪高島屋、姫路山陽、名古屋丸栄で朝日新聞社主催「備前・藤原雄自選展」を開催。

1988 五月韓国国立現代美術館で日本人として初めて「備前一千年、そして今、藤原雄の世界展」を開催。十一月、ウィーンで、バワゥッグ美術財団の招待により個展を開催。日本工芸会理事及び中国支部幹事長、備前陶友会副理事長に就任。

1989 五月、広島で『広島国際会議場レリーフ制作記念一広島賛歌一藤原雄展」開催。

1990 三月、芸術選奨文部大臣賞を受賞。七月、広島・御幸橋に大モニュメントを制作。

1991 十二月、東京銀座・王子製紙本社ロビーにレリーフ「森の響」を制作。

1992 一月、大徳寺聚光院へ「花入」「燭台」を奉納。二月、中国銀行新本店十一階貴賓室にレリーフ「燦々」を制作。二月、英国大英博物館に「擂座大壺」「窯変花入」を展示。四月、明星大学青梅キャンパスにレリーフ「明星より世界を」を制作。十二月、三越札幌店で「土と炎の芸術 藤原雄展」開催。

1993 「藤原三代展」を開催。

1994 十二月、ホテルグランヴィア岡山、レリーフ「宴」を制作する。

1995 九月、日本学士会よりアカデミア芸術文化賞受賞。

1996 四月、国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。

artist/fujiharayu/works.txt · 最終更新: 2018/10/28 12:12 by takeda

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