備前焼事典

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備前焼年表(昭和時代)


西暦 主なできごと
1926 天皇陛下、牧野東宮侍従を伊部へご差遣。金重陶陽作の置物献上。
1927 備前焼品評会開く。
1928 藤原楽山、御大典の瓶子献上。
1930 西村春湖、吉備七福神を天皇陛下に献上。
1934 高松宮殿下、同妃殿下伊部ご来遊。皇太子殿下に伊勢崎陽山作鍾馗置物献上。
1935 明治窯廃窯。
1940 直島沖海底より多数の古備前が引揚げられた。
1952 秩父宮妃殿下、伊部で備前焼をご覧になる。窯元組合、備前陶工会、工芸会を統合して親睦団体・備前焼陶友会発足。
1954 金重陶陽伊勢崎陽山三村陶景大饗仁堂石井不老藤原啓山本陶秀藤原楽山藤田龍峰の九人が岡山県重要無形文化財指定。
1955 清宮様、伊部ご来遊。
1956 金重陶陽、国の重要無形文化財認定。
1959 南大窯跡、国指定史跡になる。
1960 金井春山、浩宮様に鶴の置物を献上。閑谷学校修理協賛・備前焼七人展開催(東京・壺中居)
1961 閑谷学校史発刊協賛・備前焼七人展開催(東京・壺中居)
1963 備前焼陶友会の組織を強化して再発足。
1965 岡山県青少年教育センター閑谷学校整備協賛・備前焼八人展開催(東京・壺中居)
1966 日本伝統工芸展入選九十八点のうち備前焼が十七点を占めた。
1967 天皇、皇后両陛下伊部においでになり金重陶陽のろくろ実演をご覧になる。金重陶陽
1968 皇后陛下は前年、金重陶陽のろくろ実演をご覧になられたときのことをお詠みになられた御歌「備前焼」《孫のごとわかきにろくろまわさせて土のたくみは鉢つくりなす》を新年の宮中歌会始めで発表された。
  行幸啓記念碑を伊部公民館前に建立した。碑文は入江相政侍従謹書。山陽新幹線建設でこさわれる不老山トンネル東口と西口の窯跡を県教委が緊急発掘調査。
1969 藤原啓、皇后新宮殿へ擂座壷一対を納める。
   三笠宮殿下ご来遊、備前焼と山本陶秀のろくろ実演をご覧になる。全国レクリェーション大会伊部会場開く。
1970 万国博へ作家・窯元の作品多数出品。
   山本陶秀、三笠宮殿下へ緋襷尺鉢を献上。
   第一回陶心会会員自選展開く。
   藤原啓、国の重要無形文化財認定。
1971 県工試窯業指導所備前分室が備前陶芸センターと改称、新築完成。
   岡山県備前焼陶友会発足。
   山本陶秀陶歴五十年記念展を開く。
1972 備前焼陶友会が陶土(ひよせ)を共同採掘=備前警察署建設用地=
1973 協同組合岡山県備前焼陶友会設立。
   浦上善次藤原建、岡山県重要無形文化財指定。
   登り窯のばい煙公害防止研究開始。
1974 備芸会発足。
1975 財団法人岡山県備前陶芸会館の設立許可。
1976 藤原啓、備前市初の名誉市民に推載。
1977 岡山県備前陶芸会館完成。
   藤原啓記念館開館。
1978 香川県小豆郡内海町沖の水ノ子岩海底より多数の古備前(主に擂鉢)が引揚げられた。
1979 天保窯を本格調査。
1980 各見政峯藤原雄、岡山県重要無形文化財指定。
1981 藤原啓、岡山県名誉県民に推載。
1982 閑谷学校、備前焼の瓦葺き替え工事。 
   通商産業大臣より「備前焼」が伝統的工芸品として指定される。 
1983 金重素山、岡山県重要無形文化財指定。  
   第一回備前焼まつり開催。    
   藤原啓没。   
   安東陽光、木村一陽、小山一草、柴岡香山、花房秀安、福田一楽、堀江祥山、森宝山の八人が伝統工芸士に認定。  
   中村才八、備前市名誉市民に推載。 
1984 備前焼伝統工芸士認定記念展開催。
1985 育陶会結成。第一回育陶会作陶展開催。 
   備前市指定重要文化財・天保窯修理。 
   備前焼陶友会青年部発足。  
1986 桂又三郎没。  
   中村六郎、榊原芳山、福井喜久男、鷹取閑山、乗松俊行の五人が伝統工芸士に認定。 
1987 山本陶秀、国の重要無形文化財認定  
   備前焼伝統産業会館オープン。 
   備前陶芸会館を備前陶芸美術館に改称、両館の総称を「備前ふるさとセンター」と決めた。  
   第一回備前焼小町選出。 
   備前焼陶友会の古備前鑑定委員会発足。  
1988 瀬戸大橋開通記念備前焼一千年展開催。 
   備前陶芸美術館に桂又三郎文庫開設。  
1989 備前陶芸美術館入館者五十万人突破。 
chronology/showa.txt · 最終更新: 2018/10/29 19:21 by takeda

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