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北大路魯山人


日本の芸術家。

 
姓名 北大路魯山人(きたおおじ ろさんじん)
本名
出生 京都府愛宕郡上賀茂村 1883/3/23 - 1959/12/21
出身 梅屋尋常小学校 
肩書  
関係
所蔵

言葉

「絶対愛重するものは自然美である。自然美礼賛一辺倒である。山でも水でも石でも木でも、草木、言うにおよばず、禽獣魚介その他何でもござれで、皆が美しくてたまらない。工夫は細工ではない。工夫とは、自然にもっとも接近することだ」

「焼締めの素晴らしさを持っている備前焼こそ料理を最高に生かすと思うよ。それに、その日本一の陶土を活かすには、ざっくり造った陶板が一番だ」

「陶器は絵の描かれたものが大部分である。 ところが、少数ではあるが、絵の描いてない陶器が日本には縄文、弥生や、陶器とは言えないが埴輪がある。 これらに類似して、なんら絵をほどこさず、しかも、釉も掛けない陶器に備前焼がある。 無釉陶の中でも、群を抜いて美しいのが、この備前焼である。 古備前を見ても、またどんな陶器を見ても、人と時代の力で、秀れた陶器を数多く見るが、この備前焼の特徴は、なんと言っても、土そのものが世界に類なきものである。 土に変化があり、味わいがある。備前は火と土の微妙な関連によって、間然するところなき美をもたらす。

渋い奥行きのある色は、単なる手芸の域では、もはや出すことはできない。一にかかって作家の芸術的才能の問題である。 晩成期の仕事とされるこの備前焼は、腹芸そのものが、秀れた美を生む源泉となるのである。

この腹芸をすっかり失っている今の陶芸作家には、二、三を除いては、的確な陶器思考などあるはずもなく、わからず屋同士が、他愛もなく、その日暮しにおのずと酔生夢死を待つばかりという体たらくである。」

著書

魯山人陶説

書画、篆刻をよくし、生涯にわたって美食を追い求めた魯山人。「食器は料理のきもの」と唱え、40代後半から本格的に陶器の制作をはじめ、多彩で個性に富む数々の名品を生み出した。みずからの作陶体験と鋭い鑑賞眼をもって、古今の陶芸家と名器を俎上にのせ、やきものの尽きせぬ魅力を縦横に語った“魯山人のうつわ論”。(「BOOK」データベースより)

木澤聰「自然釉焼締壷」×北大路魯山人「私の陶器製作について」

理系的アプローチから自在な手法を駆使し人間味溢れる滋味豊かな作陶を展開する陶芸家・木澤聰と、陶芸をはじめ書・絵画・篆刻など幅広い美術工芸分野で個性溢れる作品を生み出した北大路魯山人。木澤の魂の陶芸と、魯山人の珠玉の陶芸論が、深く温もりのある感動を喚起する!(「BOOK」データベースより)

魯山人著作集〈第1巻〉陶芸論集

評論

白崎秀雄(著)「 北大路魯山人〈上〉〈下〉」

書、篆刻、絵画、そして陶器。多彩を極めた北大路魯山人の業績をたどり、代表作を分析してその芸術の本質に迫る。魯山人の「天才」を証す名著。1981年日本経済新聞社刊の新装版。

魯山人の世界

NHK 美の壺 魯山人の器

「うまいもの」を求め続けた北大路魯山人。彼が目指した「料理と響き合う器」は、どのようにして生まれたのか―。センスと技が融合した美の世界、指南いたしましょう。(「BOOK」データベースより)

critic/kitaojirosanjin.txt · 最終更新: 2018/10/28 13:28 by takeda

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