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姓名 | 臼井洋輔(うすいようすけ) |
出生 | 玉野市下山坂 1942 |
出身 | 岡山大学大学院文学博士課程 |
肩書 | 備前焼ミュージアム館長 |
関係 |
「それにしても備前焼というのは、人間の本性や温か味、大地に根ざした健康的優しさ、潔さ良さ、そのような諸々の本質が、焼かれても、また時代に叩かれて何時までも消されないで、したたかに残ってきた底力のある不思議な焼物ではありませんか」
「それがまた時代と勢いの関係であり、モノは良くも悪くも時代を正直に映す鏡であるという事でもあります。モノを見るとは、モノが時代的変化を衣装としてまとっていて、その姿を捉えるということでもあることを忘れてはなりません」
「千利休、古田織部などの茶人はその時、それまでまかり通ってきた美に対してのアンチテーゼと自分の美意識の理論構築の実証手段に備前焼を、粗野ではあるが不思議な力を持っているものとして取り上げたのです。それは矛盾の中から新しいものを生もうとする考えと、見通しを持てることからくる考え方の余裕と自由な感覚のさらなる拡大ではなかったでしょうか。それは完璧な中国陶磁器至上主義にとらわれていたものからの解放でもありました」
「ともあれ、そういう新しい時代を担う識者の心情と一番共鳴しやすい美を備えた焼物が備前焼だったわけです。つまりモノからすれば、備前焼は利休たちの進める、日本における時代の転換期の美意識の改革推進の旗手なったともいえるのです。このことは岡山県人にはあまり理解されていません。日本の美術史の中で備前焼は意外なほど大きな役割を果たしたことになりますし、焼物自身もそれをはっきり感じていたようです。
ですから、その時代の備前焼というのは驚くほど美しい。現在のように誇張したり、あるいは手を加えたりすることを必要とせず、偶然の美しさをあるがままにフルに引き出しているわけです。放っておいても力を放っているではありませんか。桃山備前は万人の心をとらえて離さない新しく生まれ行く文化へのときめきのようなものを備えていました。 桃山時代がさらに時間的経過を重ねていくと、やがてその備前焼は単なる素朴さや個人的好みを離れて、素朴さを美的作為である芸術にまで、見つめられることによって、昇華させていきました。決して、現代を含めてその時代以外の者が真似をしても、真似のできるものではありません。それが時代の「勢い」であり、「精華」であり、洗練され切った「瀟洒」であります。後の時代の誰も乗り越えられない、ほれぼれする美しさを持っています。つまり現代の作家が桃山備前以上のものを作れないのは、社会全般の時代を受け止める感覚や美意識において、当時に比べて乗り越えていない部分が大きいからではないでしょうか。私は謙虚に、当時の庶民や作る人、時代を動かす人達の美意識や審美眼を私たちの時代の人間が超えているとは思えないのです。」
単著
等20冊。
分担執筆本
等約31冊。
等百編以上。
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